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2009-09-06

ガムランに引かれ

ガムラン生で聞きたい。。できればバリの。
と、最近うすべったく希望を持っていた。薄々気づいていた的な人に言う前もない希望。

今日用を済ませた後、通りかかった某所からこりこりと金属音の連打と太鼓が聞こえてきたので、近寄るとそれはガムランだった。。。というより、ガムランの演奏が聞こえ確信を持つ。
一目散に家に帰り、連れを引っぱり見学。

IMGP5675.jpg


ジャワガムランの生はそれまで経験済みだったけど、こちらのバリ式の方が好きで非常にうれしい限りであり。

演奏後に楽器を触らせてくれるサプライズまであり、この秋一番の出来事ではないか早速と思う余裕もなくさわる。打つ。

その鉄琴はガンサといって、配置をみると高・中・低音とパートに分けられている。
楽器の台そのものは手作り感あふれる。とても由緒を醸し出す

IMGP5674.jpg

不思議と単音は鉄琴そのもので味気ない。気づいたことは、鉄琴一台づつさわってみると音階のスケールは同じでも、それぞれチューニングずれみたいになっているという具合。全部を聞いた訳じゃないけどずれ方が何とも言えない。わりと大胆。

前からあった知識として、この楽器の演奏スタイルは、それぞれの台で順に打ってフレーズに聞こえるように打って演奏して、一台一台の干渉が独特なうねりを生み出す(これが好き)。。

そこから思うに、その干渉から聞こえるうねりが本当の旋律で、連打から出てくる倍音が装飾であり鉄琴はむしろ発生装置で、例えばピアノという箱で言うと、個別になった鉄琴一台が楽器じゃなくむしろ鍵盤で、それがパートという形として並んだ総体が一個の場として共鳴することで(ピアノが内部で叩かれた鍵盤の弦をけたたましく共鳴させるように)、初めてガムランいう一台の楽器として成立してるのではないかと。。そして、聞く側が曲に入り込んで聞く、、、聞くと言うよりは感じることで完成するという。。。

旋律も人間の心の根源に訴えかけるようにチューニングされていると思った。。というとオーバーかもしれないケド。。。

バリガムランがが好きな一番な理由としては、インド音楽のラーガと同等の破壊力で精神に深く浸透することで、その理由が以上の推論としておく。いわゆるトランス誘発。けっこうドープ。

今日実際さわってみたことでそのことを納得でき、非常に有意義な時間を過ごせたのであった。

↑の内容とは関係ないけど、説明してくれたお姉さんありがとう。
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